CRAZY DAYS!

コペンハーゲンに留学中の日本人大学生のブログ。アイデアを客体化させる場所。

デンマークのJewelry lawに関する個人的な考察

26日、デンマーク議会が可決した2つ法案が国内外で物議を醸している。

その法案の内容をかなり簡単に説明すると、


1. 難民認定されて最初の3年間は家族を呼び寄せることができない。

2. 1万DKK(デンマーク・クローネ)(約17万2000円)を超える資産(現金や高価な貴重品)の没収を認める。


これら両方の法案が問題視されているのだが、特に2番目のJewelry law(ジュウェリー・ロー)と英語で呼ばれている法案がネット上で大きな論争になっている。


案の定、私の知人のデンマーク人のFacebookやこの法案の記事に寄せられた世界中からのコメントは落胆や怒りの嵐となっていたが、デンマーク人を含むそういう人たちは、そもそもデンマーク社会福祉モデルと財政状況を全く理解していない、或いは、知らないのだろう。今回は、この2つの観点+社会的不安について客観的事実を参考にしながら私の持論を展開したい。


デンマーク社会福祉モデル

デンマーク社会福祉モデルは、ノルディックモデル(The Nordic Model)と呼ばれていて、デンマーク以外にもノルウェースウェーデンフィンランドがこのモデルを採用してる。この福祉モデルの最大の特徴を一言で表すと...、

高税率、ハイリターン

まずは、税金。デンマークの税金は他の国と比較して非常に高い。例えば、デンマークの消費税率は、ハンガリーアイスランドに続いて第3位の25%(クロアチアスウェーデンノルウェーも同税率)、自動車税は2016年度より150%(従来は180%)、所得税は日本と同様に累進課税制度で最高60%近く。私のデンマーク人の友人のお父さんは、「頑張って働いて稼いだのに、月の給料の半分以上は政府にもっていかれるんだよ...」と嘆いていた。

外務省: 世界の消費税(付加価値税)の税率の高い国


次に、リターンについて。教育分野では、高校、大学・大学院(私立の大学院は除く)の授業料無料。ヘルスケアにおいては、ファミリー・ドクターや一般の病院での診療にかかる医療費(歯科、精神科等の特殊分野は除く)が無料である。さらに、大学生、大学院生はSUと呼ばれる奨学金が支給され、月に最大で5,700DKK(約98,000円)(一人暮らしの場合)もらうことができる。僕の友人(両親と同居している場合)は、月額約3000DKK(約52,000円)を政府からもらっている。

すなわち、日本人の感覚から見ると、異常と言っても良い程の重税でこのような高度な社会福祉は支えられている。



デンマークの財政状況

少し話がずれるが、昨年の9月下旬に教育予算削減に反対するデモをコペンハーゲンの中心駅付近で傍観した。そのデモは、2016年度のデンマーク国家予算から4年間、8.7億DKK(約150億円)という巨額の教育予算がカットされることに反対したものであった。

この教育予算削減反対デモの詳細情報は私がインターン先にアップした記事をどうぞ。

www.japanordic.com

ちょうどこの時期に、インターン先でデンマークの国家予算のリサーチをしていた。いくつかの統計情報やニュースを参考にしてみた結果、デンマークの財政状況がそれほど良くないということが明らかになった。

2015年度と2016年度(暫定)の予算案を比較すると、この1年間で国家予算の規模が2億DKK(約34億円)程減少している。

2015年度のデンマーク国家予算(約1兆105億DKK)
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2016年度のデンマーク国家予算(暫定版: 約1兆103億DKK)
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出典: STATISTICS DENMARK

全体のパイが小さくなっているにも関わらず、ヘルスケアと社会保護への投資を増やしていることが分かる。

ここで、みなさんに注目して欲しいところは、経済政策という項目である。2015年度に6.4%であったが、2016年度には6.32%に減少している。デンマーク政府はこの中で、海外援助に関する投資をGDP比0.7%(国連が求める最低割合)までカットした。

つまり、デンマークの国家財政は余裕を失いつつあるということだ。同時に、デンマーク政府は自国民のために投資を優先するという意思を明確に示している。


ここで議論をJewelry lawに戻そう。どうやら、多くの人がお金が有限であることを理解していないのかもしれない。この法案の反対派の主張は感情的な意見が多く、現実的な意見が驚くほど少ないように感じる。上記に説明した通り、デンマーク社会福祉は高い税金で支えられており、そのおかげで国民は手厚い保障を享受することができるのだ。

さらに、言及しておきたいのが、デンマーク社会保障モデルは普遍主義に基づく福祉を前提としており、「デンマーク国民であり、しっかりと国家に納税している限り、誰もが同じように公共サービスを受けることができる」という考えが根底にある。それ故、デンマーク国民である暁には、無料の公共サービスを受けることができる。

難民が将来的にデンマーク国民と認められれば、彼らも当然、一般のデンマーク人同様に高い税金を納めなければならないだろう。Jewelry lawはこの覚悟を難民たちに問うているように私は感じる。それが証拠にデンマーク政府のスポークス・パーソン(日本でいう菅官房長官的な人)であるMarcus Knuth氏は

"We're simply asking that if asylum seekers - in the rare case where they do come with enough means to pay for themselves then - following exactly the same rules as for Danish citizens wishing to be on unemployment benefits - if you can pay for yourself, well then you should pay for yourself, before the Danish welfare system does it."

と述べている。

最後のセンテンスが重要で、「自分たちのために(生活費やその他経費を)払える能力があるのならば、デンマーク社会福祉制度がそうする前にまずは自分たちで払うべきであるである」と意味になる。
news.sky.com


CNNのインタビューに応じた政治家はデンマーク社会福祉制度のキャパシティーの限界について言及している。
edition.cnn.com

繰り返すが、この法案の核心は、「難民から資産を巻き上げること」ではなく、「将来、デンマーク国民として生きていく覚悟あるか」を問うていることである。

非常に冷淡で突き放した言い方になるかもしれないが、国家はボランティア団体ではない。国益を追求し、国民の生命と安全を守らなければならない。それは、デンマーク以外の国にも同じである。デンマークの国家財政にも、社会福祉制度にも支えることのできる人数の限界というものがある。ある一定の人数を越えれば、クラッシュしてしまうことをデンマークの政治家はしっかり理解している。そうなると、政府は国民を支えることができなくなる。

より現実的な話をすると、難民を受け入れたからには責任を持ち、政府は彼らをケアし、デンマーク社会に馴染むことができるように言語や慣習に関する教育や場合によっては、職業訓練もしなければならない。詳細は長くなるから、今回は割愛。

感情論で「可哀想な難民になんてことを!」、「デンマークは残酷な国だ」と批判する人たちには、このような国家の仕組みが分からないのだろう。そして、現実に目を背けている。地理的に非常に近いドイツの難民政策とデンマークの政策の違いは、デンマーク政府の方が非常に現実路線であり、難民の受け入れに対して真剣に考え、それなりの覚悟を持っているということだ。話が逸れるが、一方、ドイツは移民を大量に受け入れるものの、毎日200人の移民をオーストリアに強制送還している。難民に関しても、そうならないという保証はない。

www.bbc.com


ー社会的不安

デンマークの隣国、スウェーデンで難民宿泊施設職員が難民の少年によって刺殺されるという痛ましい事件が起こった。
www.cnn.co.jp

この事件以外にも、ドイツ、スイス、スウェーデンフィンランドで強盗や女性の性的嫌がらせ・暴行が急増している。私は全ての事件が難民の犯行だとは思わない。難民を装ってアラブ系の移民が犯行に及んだかもしれないからだ。しかしながら、難民の流入の時期に重なってヨーロッパのいたるところでこのように治安が悪化し、難民に対して社会的不安が高まる風潮は自然である。デンマークはこれらの国と地理的に非常に近いため、「国民を生命や安全を守る」という観点からJewelry lawが成立とも考察できる。


ー最後に

勿論、難民政策には様々な意見や主張があるだろう。私の主張と真反対なものに対しても、それが論理的なものであるのなら、真摯に耳を傾けたい。賛成意見、異論、反論、疑問...感情的なもの以外は何でもウェルカム。私の拙い文章を最後まで読んでくれてありがとう。


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写真は、コペンハーゲン空港内ににあるカールズバーグの広告。


※1DKK=17.2円で計算